2013年06月22日

憲法96条の改正

Facebookに書いたところ反響があった憲法改正の問題。
以前にこのブログで少し書きましたが、今回は96条のことを書いてみます。

私は、憲法96条の改正が必要であると考えています。
その理由は、憲法を我々国民にとって身近なものとして取り返す必要があるからです。

いま、憲法が私たちの生活に身近なものとなっていません。
その理由のひとつは、憲法が改正される可能性が、現実的にはないからです。

現在の憲法は、改正の発議のためには衆議院、参議院、それぞれで「総議員の3分の2の同意」が必要とされています。
その上で国民投票にふされます。
いかなる内容であっても、憲法を改正すべきか否かにつき、主権者である国民の意思を問うには、衆参両院で、いずれも3分の2以上の同意を取らないといけないわけで、政治の現実からすれば、ほぼ不可能といえるハードルとなります。
憲法改正に現実感がないのは、このせいです。
国民の側からすると発議されることはほぼないのですから、国民投票に参加することもない。
つまり、「憲法改正の是非を問われる機会はない」と思うのが普通の感覚です。
これが結果として、私たちと憲法との間にとても届かない距離を生じさせ、憲法が身近な存在ではなくなっていると思っています。

憲法改正がありうる状態となれば、改正を是とする人も、そうではない人も、憲法の意味、改正の是非を検討することとなります。
この国の歴史、現状、周辺の環境など様々なことを検討しなければなりません。
そうなることで、あらためて憲法が私たちの生活に身近な存在となる。
一人ひとりの国民が考える機会をもつことで、結果として憲法が身近な存在になる、私はそう考えています。

よく憲法は最高法規だから、法律と同様に「過半数」で決められるべきではないという意見がありますが、これは誤りです。
まず、法律は過半数の決議で成立しますが、その前提となる定足数は3分の1です。
ですから、最少では衆参両院で6分の1を超える議員の賛成で法律を成立させることができます。
これに対して、憲法改正の発議は「総議員」に対するものですから、「過半数」とした場合でも、衆参両院で2分の1を越える議員の賛成がなければ発議できません。

さらに、憲法改正の場合、国会の手続きは「発議」だけですから、その後国民投票に付されます。
これに対して、法律の制定に国民投票は存在しません。

憲法96条を改正して発議要件を「過半数」とした場合であっても、法律を制定する際の要件とはまったく異なり、法律と同様にするものではないのです。

憲法は、この国の根本法。
だからこそ、国民一人ひとりが誇りをもてる内容で、身近な存在としてあるべきです。
それゆえ、改正が現実的にありうる状態に置くべきで、そのためには「過半数」への改正が必要と考えています。

なお、この憲法96条を「過半数」と改正するためであって、衆参両院で総議員の3分の2以上の同意で発議を可決し、国民投票に付して過半数の同意が必要であることはもちろんです。


憲法96条について考えていることを記してみました。
最後までお読み下さったことを感謝申し上げます。




Posted by miyazakimasahisa at 13:28│Comments(3)
この記事へのコメント
 お疲れさまです。
 だいぶブログの読者が増えてきたようでおめでとうございます。もう一ケタ伸ばす努力が必要でしょう。
 ツイッターやフェースブックでは政策までは踏み込めません。
 ブログフォロワーが票につながるのではないかと思います。
 
憲法改正については前文の破棄が第一だと思います。
護憲イコール平和という理論を変えなければなりません。
要は米国の軋轢がどの程度か・・・ここがネックでしょう。
Posted by 伊東きみお at 2013年06月22日 14:57
 今必要なのは憲法のどこを、どのように、どのような理由で改正すべきなのかの議論です。
 住民の意思を無視して米軍基地配備強行しようとうする、現在の政府のやり方を許さないように憲法を改正する、地域主権を強化するというのなら、私は賛成です。
 そのような議論もなく、ただ単に憲法改正手続きをやりやすくするためだけの改正には反対です。
Posted by 福地義広 at 2013年06月22日 16:55
宮崎氏のおっしゃることはごもっともなことであります。
この時期、にほんを取り巻く隣国の政治的、軍事的にも挑戦的な状況を考えるといまこそ国民は日本の将来に対して責任を持つべき時であります。
幸い聡明な安部氏を総理に支持したわれわれは
彼を信頼し大いに憲法論議を総国民に徹底すべきであります。
中学校に憲法を学ぶ時間を設けるべきです。
そして愛国心を持たせるべきであります。

そうすればおのずから憲法発議、国民投票へと
いくでしょう。
いつまでもアメリカの陰で平和を受身にするのでなく、みずから同盟国としての対等な責任を
果たすべきでしょう。
それが国民の誇りと自信を取り戻すことになります。
Posted by 横路光雄 at 2013年11月25日 11:13
 
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